だしもの

きまぐれ小曲

曲作りと音作り。

 

何が違うのでしょうか。

 

わたしの音作りは、

でたらめになんどもなんども弾く

という作業からはじまります。

 

リズムや旋律を

音の羅列だと考える以前に、

体で覚えこませることにしています。

 

旋律がある場合はほとんどの場合、

わたしは鍵盤をつかいます。

 

ピアノもキーボードもない場合、

とりあえずピアニカで。

メロディの音をなぞってたり、

ハーモニーをつけたりするのに便利なので。

 

そうやってすこしずつ曲に仕上げていきます。

そして楽譜を作る作業。

ここが大きな落とし穴です。

 

楽譜をかくというのは楽しい作業です。

地図やグラフを描く要領で、直線を上手に引き、円や記号を上手に枠にあてはめるというとても創作的なおもしろさがあります。やっている間にどんどんとのめりこんでいくのです。と同時に、譜には数式と同じような合理的で事務的な冷たさがあるのです。楽器の音色や、リズムの華やかさ、そしてあふれ出す感情は、どうして譜には書き留めておけないのです。

 

楽譜に落とすとなると、小節に区切らなければなりません。

そして何分の何拍子だとか、

フラットが一個だからなんとか長調だとか

最初にいろいろ決めてしまわなくてはならないことがたくさんあります。

 

もちろん後でも変更可能なわけですが、

まず楽譜にするという時にその決め事がないと書き進められないわけです。

 

で、そう決めてしまった以上、

その設定にどうしても引き回されて

それ以上のことができなくなってしまったりするのです。

 

抽象的でよく分からないですね。

 

自分でもそう思います。

 

たとえば、

今なんとなく曲というか旋律が浮かんだとします。

 

基本の音がこれだからこのスケール。

そして最初に書く音符の音が決まるわけです。

 

そして、テンポと拍子を決めます。

四分音符にまとめるかどうしようかと考えるのです。

長さは、きっちり区切って明確にする必要があります。

 

知らない間に、この調のこの音階のこの拍子でというように曲をまとまらせているのです。

 

もう遊べないのです。

 

で、なんだかありきたりになってるんじゃないかと不安にもなります。

 

小節内にちゃんとオタマジャクシが書けなくて苛立ってたりもします。

 

譜を書くために曲をつくっているのかと錯覚してしまう時だってあります。

 

こんな作業を続けていると、

曲が楽譜のなかに閉じ込められていると感じるのです。

曲自体ではなく、自分自身も

譜のルールと形式にがんじがらめになるのです。

   

曲を作っている自分は、

譜面を上手に仕上げている自分だと気づいたとき、

メロディーを書くのをやめました。

 

幼少から習ったピアノ教室や学校の音楽の授業を思い返してみます。

 

偉大なる作曲家の作品を耳でなく目で鑑賞していました。

五線譜のなかで、音符は論理的にきちんと整列しています。

音楽は算数みたいだと感じていました。

そして、ピアノは計算機なんだと思って弾いていました。

 

長年の音楽教育のおかげで、

音楽は理屈に合わなければならないと

勝手にそう思い込んでしまったのです。

 

 

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